映画:勝手にふるえてろ ~コミュニケーションカタルシス~


こんにちは。

光光太郎です。



私達は日頃会話をして誰かと関わり合いながら生きていますが、どれだけ相互理解できているでしょうか?もしかしたら、理解しあう切り口すらつかめずに、その場の流れだけで会話しているかも・・・。



今日は新年1発目鑑賞作品にして2018年ベストに食い込む大傑作、そしてコミュニケーション映画の超絶大傑作である



勝手にふるえてろ



の感想を書いていきたいと思います。ネタバレありです。


■鑑賞直後ツイート

■雑感

こんなにも面白く、苦しく、そして幸せになれる映画を新年に観れるとは!


鑑賞中多幸感に浸れる作品とは異なり、鑑賞後からじんわりと、大好きになってしまいました。こじんまりとした話で死人も出ないし爆発もないし、とあるOLが失恋してまた恋をしてキスして終わるという、どこにでもありそうな流れではあるんですが、これが本当に面白い!「普通の話」に出てくる登場人物、その間で行われるコミュニケーションを、徹底的に描き込んでいるんですよ。


そして映画の視点を主役一人に絞ることで「彼女が誰かとコミュニケーションすること」の面白さと「観客が彼女とコミュニケーションすること」の面白さがあるわけです。主役がいわゆる「コミュ障」「痛い人」の投影に終わらず、生きた人間としての実在感を持っているというのもキモですな。



というわけで、今作の魅力の中枢は次の2点です。


・主人公、江藤良香=松岡茉優の魅力
・コミュニケーション描きの妙


テーマと主演が魅力の核ってのはまぁ当たり前の話なんですけども、ここを詳しく掘っていきたいと思いますよ。




■主人公、江藤良香=松岡茉優の魅力

今作の主人公である江藤良香は、どこにでもいる、とても複雑な人間です。


文句を言いながらも会社勤めをしている。誰かを長年好きでいる。軽口を叩ける友達がいる。自分の信条がある。コンプレックスを口にも態度にも出さず、脳内で人を小馬鹿にする。


好きな人と接せず脳内で完結させるのが至高!と思ったら、あることをきっかけに好きな人と会うため全力を尽くす。他人全員を拒絶したと思いきや寂しくて携帯を何度も確認してしまう。本音を吐露するSNSは理解できないと言いつつ、他人に成りすましたSNSアカウントで本音を吐露する。


心に矛盾する感情を抱え、強く決心したことでも何かをきっかけにしてやめてしまう。自分が裏切られたと思ったら全てに当たり散らして、さらに自分を孤独にしてしまう。

自分を守るために自己中心的になり、それが自分を苦しめる。自業自得ばかり。


半端ではない心情のリアリティさ。


自分自身との、他人とのコミュニケーションに四苦八苦する「普通の人間」です。光光太郎も、自分を省みて思い当たる節だらけです。特に「本能で動く奴を軽蔑する」は…似たことやってます。議論の場で考えずに0.5秒でYES!NO!言う人っているじゃないですか。凄い嫌なんですよね…(笑)。


フィクションで「普通の人間」を描く意味はあるのか?と問われそうですが、普通の人間の普通の人生を映画として鑑賞し、日々の生活に新しい価値を見出すことは、意義深いことです。2017年ベストの記事でも触れましたが、これも「一般人映画」ですね。
そして、これを映画というフィクションで成立させた主演の松岡茉優(まゆ)は本当に素晴らしい。普通の人間でありながらも、2時間弱の物語を引っ張れる人物を演じていたわけですからね。演技とは全く思えない自然体な佇まいと喋りとで、文面で書かれた江藤良香に現実の生を吹き込んでいました。よくよく考えると良香はクソ野郎だし結局「嘘妊娠」は解決せずそのまんまですが、それでも好きになってしまう。


もう最初の自分語りからぐいぐい引き込まれますし、そのあとの「ぺっ!」でもう好き確定。特に彼女のON/OFFの切り替え!外面と内面のギャップが魅せるチャーミングさ!松岡茉優は「ちはやふる-下の句-」で大好きになりましたが、今作でもう本当に好きになりました。

そんな、矛盾を抱えた複雑な人間である良香が様々なコミュニケーションを取っていくカタルシスに満ち溢れているのが「勝手にふるえてろ」なんですね。



■コミュニケーション描きの妙

どこかで誰かが「相互理解の入り口に立った時が、恋の一番のカタルシスだ」という旨の発言をしていましたが、今作は正にそれです。


通じたかな?通じてないかな?という危うさに一喜一憂し、通じたかも…!という瞬間に最高最上のカタルシスが生まれる。それを恋愛以外でも、また相互理解が裏切られた絶望カタルシスにもしているんですね。

しかもそのカタルシスまで積み上げていくのが本当に上手い。特に白眉なのは「名前呼び」でしょう。しかも物語全体を通しての、良香の変化を如実に表すものでもあります。渾名でなく、自分自身の名前をしっかり呼んでくれるのは安心するし嬉しいものです。


良香は「名前呼び」の因果応報を受けます。渾名にすがり、名乗らない……相手も自分も虚構にして生きてきた数十年のツケが一気にくる。「イチ」は良香の名前を忘れられていたのです。いや、当時から知らなかったのかも………。
孤独に沈んだ彼女を救うのは、彼女が虚構を押し付け続けていたにも関わらず、彼女の名前を呼び続けていた「ニ」こと「霧島」でした。その後二人の関係が破綻しかけた時、思いを繋ぐのも「名前呼び」です。あそこですぐに名前が出てくるということは、良香は彼を虚構ではなく「実」として接していたのかもしれませんね。そして、「霧島」と彼の名前を呼ぶときは、ずっと利己的行動を続けてきた彼女が唯一利他的行動を取る瞬間でもあります。

「名前呼び」が結実するクライマックスでさえ、良香と二は分かり合えた訳ではありません。分からないからこそ、コミュニケーションを取りたくなるし、好きでいられる。分からないことばかりの関係の中で、一瞬でも分かり合えた時が尊く思える。
その瞬間が、良香が嫌い続けていた「本能」によって作られているのも、いいじゃないですか。性欲の暗喩を「濡れた赤い付箋」「卓球ラリーの音」で示す。スマート過ぎて大好きです。


物語全体を通して、良香はコミュニケーションする相手を虚構から実へと変えていきますが、虚構を否定している訳ではないと思うんですよ。自分を守る最後の防衛線でもありますからね。



また、「勝手にふるえてろ」は観客が良香とコミュニケーションを取っていく映画です。

彼女は一人語りをしまくり友人のくるみとも話しまくるのですが、どうにも様子がおかしい。本音とは思えないんですよ。


中盤、町の人達との会話が脳内会話であると分かり(まぁ最初からそう描かれているんですが)「ニ」が消える演出が入ってくると、今作が「信用できない語り手」ものにも見えてきます。どこまでが妄想でどこからが現実なのかが一瞬ぐらつき、良香の心も激動し、彼女の心が分からなくなってしまいます。


しかし、ここからがコミュニケーションの醍醐味。良香の本音を読み解いていく楽しさ。分からないかもしれないけれど、分かろうとすることが楽しんですよ。つまり観客は、良香が辿った様々な人とのコミュニケーションを、良香とのコミュニケーションによって追体験するようになります。良香の視点でも、観客の視点でも物語を楽しめるんですね。



■細かいところ

・「ニ」役の渡辺大地、顔が最高。最初はイライラしてたけど、ここまでの好青年はいないぜ。

・片桐はいり、最高。良香が勝手につけた渾名がフルネームそのまんまだったってのも、凄くいい。良香にとっては、否定も肯定もせず、挨拶しあうご近所さんとして接してくれたのは、かなり嬉しかったのでは?

・フレディ、最高。

・出木杉君が言ってた「文科系を落としてから言う論法おかしくね?」という旨の言葉、似たようなこと言ったこと、ある…。



■まとめ

これ以上ないほど至近距離でコミュニケーションを取る良香とニを最後に「ベイビーユー」が流れるEDへとなだれ込んだ時「ああ!いい映画観た!」という気持ちで満たされました。そのあと「ベイビーユー」を聴きながら町を歩き流す楽しさ、湧き上がってくる活力ときたら!こんな鑑賞後感になった映画は初めてですよ。2018年ベストどころか、オールタイムベスト級の大傑作を新年1発目に観れて、本当に、本当に良かった!!!





ベイビーユーMV

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