映画感想:アイアムアヒーロー ~和製「ゾンビ」「ショーン・オブ・ザ・デッド」爆誕!~

ワクワクもんですね。

光光太郎です。

今回は、美人も大泉洋も血まみれになる漫画原作のゾンビ映画


アイアムアヒーロー


のネタバレ感想を書いていきたいと思います。グロイ表現が多いので注意!



■あらすじと解説

花沢健吾のベストセラーコミックを、大泉洋主演で実写映画化したパニックホラー。冴えない漫画家アシスタントの主人公・鈴木英雄が、謎のウィルスによって「ZQN(ゾキュン)」と呼ばれるゾンビと化した人々に襲われ、逃亡の道中で出会った女子高生の比呂美と、元看護師の藪とともに不器用に戦いながらも、必死でサバイバルしていく姿を描く。主人公・英雄を演じる大泉と、歯のない赤ん坊ZQNにかまれ、人間に危害を加えない半ZQN状態になるヒロイン・比呂美役の有村架純、大胆な行動力でZQNに立ち向かう藪役の長澤まさみが共演。「GANTZ」「図書館戦争」シリーズを手がける佐藤信介監督がメガホンをとった。(映画.comより引用)


■感想

大泉洋主演、有村架純や長澤まさみ出演という、目とボンクラ心に優しいキャストで作られた「アイアムアヒーロー」。製作スタッフも「GANTZ」や新しい劇場版デスノートの監督をしている佐藤信介さんのチームを中心に、私が大好きな「俺物語‼」や評判の高い「重版出来!」の脚本をしている野木亜紀子さん、ゴジラやガメラで特撮、CGを担当していた方々が集まっています。


最近何かと話題な「漫画の実写化映画」ですが、顔の良さより演技の良さと「いい顔」で選ばれたであろう粒ぞろいの少数精鋭キャスト陣、ゲテモノ制作のプロ中のプロが集まった製作陣によって、「真っ当な和製ゾンビ映画を作っちゃる!」という気概に溢れた傑作が出来上がっていました。


そう、ゾンビ映画なんです。ホラー映画ではなく、ゾンビ映画。


グロいシーンは多々あるのですが、ホラー映画ではないんですね。恐ろしい、怖いと思わせる為の描写は皆無なので、そこを狙った映画ではありません。

ならば何を目指した映画なのでしょうか?前述した通り、これはゾンビ映画を作ろうとしているんですね。ゾンビ映画とはアンドリュー・ロメロ監督による傑作「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」「ゾンビ」の2作品で確立された映画ジャンルのことです。「アイアムアヒーロー」が面白かったと感じた方には、是非見てもらいたい作品ですね。この2作に対する敬意に溢れた作品でもあるんですね、「アイアムアヒーロー」は。


ゾンビ映画の特徴として挙げられるのは

・死者がよみがえり、ゾンビになる

・ゾンビは人肉を喰う

・ゾンビに噛まれた者はゾンビになる

・ゾンビは肉体の限界を超越しており、頭部を完全に破壊しない限り不死身

・動きはゆっくりである

 →走るゾンビの登場などで、あまり重要な要素ではなくなっている

・引きのワンショットで臓物をえぐり出すシーンがある

・ゾンビはいきなり現れる

・何故ゾンビになるか等は物語で追求しない

・ゾンビと人間は、根っこの部分で変わらないものである

・ゾンビの出現後、人間たちはエゴを爆発させる


ゾンビ映画というと「バイオハザード」等が連想されやすいですが、私は「アンデッド映画」だと思うんですよ。ゾンビ映画とは「ゾンビという『元人間の化物』の出現を通して社会問題や人間の本質を炙り出す」映画のことだと思います。ゾンビ発生の秘密が重要なのではなく、ゾンビと言う存在が現れた世界や人間の状況を描くことに拘る物語であると。


「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」では極限状態の中で炸裂しぶつかり合う人間のエゴや、「~だから殺していい」という認識を持ったなら確認もせず殺す事態というものを描いていました。続く「ゾンビ」では、結局生きた人間もゾンビも欲に囚われた存在であるということを、皮肉とシュールさたっぷりに物語っていました。


そんな、あまり日本ウケしなさそうなジャンルの映画を、ゾンビと言う存在だけを扱うのではなく、ゾンビ映画として仕上げていたのが、「アイアムアヒーロー」なんですね。どんな風にゾンビ映画なのか、順を追って書いていきたいと思います。



①日常の中にいきなり現れるゾンビ

「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」では、本当にいきなり、冒頭の墓参りの途中にゾンビが現れます。恐ろしさを超えてシュールでもある場面ですが、嫌が応にもゾンビと言う存在がいる世界に放り込まれてしまう描写として没入感がありました。


今作では、じりじりと日常が侵食されていきます。何故ゾンビ=ZQNになるのか等は全く分からないまま、ZQNに侵略されていく日常を、ZQNをハッキリと映すことなく描かれていました。浜松市でのロケによって作り出された「日本の日常感」によって、アメリカやイギリスではなくここ日本が、今自分たちが住んでいる周りが、徐々に崩壊していくんですね…。私たちは主人公である英雄の視点を通して、アパートの一室から仕事場、町の通り、市街地へと崩壊の加速を長回しワンショットで体験し、思いもよらぬカーチェイスで事態は一気に加速していきます。


その中でゾンビとは全く相性が良くない超絶美人、比呂美こと有村架純が登場するんですねぇ…。英雄の日常は、有村架純とZQNという美醜両極端な非日常によって壊れていくのです!そして天性の男キラーであるであろう比呂美、有村架純すらZQNにする製作陣の心意気!!偉いぞ!!


②ショッピングモールが舞台

これはもう「ゾンビ」オマージュでしょう。ゾンビも生きた人間も「モノ」に支配されているという皮肉です。

そして、このショッピングモールという「人の欲望が発露される場所」において、「アイアムアヒーロー」のゾンビ映画が本性を現しだします。


ここでは伊浦という人物によってレジスタンス的な組織が築き上げられており、ZQNが来れない建物の屋上で生活が営まれていました。この生活圏には「戦闘部隊のニート」「独り身らしい女」「頼りにならない大人」が暮らしているのですが、この構成だけで「おかしい」と感じます。何故屈強な大人が、正しい理屈を持って行動できる善良な大人がいないのでしょうか?逞しすぎるラフ美人、長澤まさみはいるんですが…。


それもそのはず、この生活圏を取り仕切っている伊浦が、自分に反抗するものを片っ端から殺しているからです。伊浦という人物は支配欲求の塊であり、自分に都合のいい環境を作り出すために「電気は止まっている」という嘘をつく様な男でした。そして、自分よりも強い者、自分の意見に従わない者は、たとえ安全を脅かしたとしても排除する…。


彼が終盤にZQN化した時の言動から見て、恐らく彼は母親の支配に対して異様な執着を持っており、その裏返しで自らも強い支配欲求を抱いていたのでしょう。しかし、これまでの彼は人を支配できるような状況にはなかった。ZQN出現により起こった「既存世界の崩壊による価値観の逆転」や「人間のエゴの発露」といったものを最もよく表していたキャラクターだと言えるでしょう。まったくもって、ゾンビ映画的な男です。


このショッピングモールでは「ゾンビ映画らしい奴ら」が大勢登場します。事の重大さと自分の力が分かっておらず、むしろ状況を楽しんでいるニートや、日和見で暮らす女、若者に従うだけの情けないオヤジ等、ZQNの登場で危ない方向へ変わった奴、逆に全く変わらない奴等ばかりです。しかし全員に共通していることは、「普通の人間らしさ」が欠如していることなんですね。そんなショッピングモール陣営の中で、長澤まさみだけが唯一「普通でいられなかったこと」を後悔する人物として登場します。

(因みにリーダー格のニート役の方、パンフレットを読むと滅茶苦茶誠実な役作りをしているので、本当はあんな人ではないんですよ!!)



この「普通の人間らしさ」を持ち続けたことで、この物語の主人公になった男がいます。鈴木英雄です。この「いかにも日本的な」主人公によって、「アイアムアヒーロー」という作品はゾンビ映画というものに収まらず、成長物語として一級品になっているのだと思います。それは、ゾンビ映画という様式を保ち、その構成を逆手にとったことで、誰が見ても面白いエンターテイメント作品にしていると言えるでしょう。変わる世界で変わらなかった男、普通の人間として成長し、最後まで普通であり続けた男、鈴木英雄の物語。


英雄は冒頭、どうしようもない男として徹底的に描かれます。35歳になっても夢を諦めきれず、妄想癖を持ち、同棲中の彼女であるてっことは今後の生活を巡って険悪な仲…。しかも自己紹介では必ず「英雄と書いて、ヒデオです」といい、なけなしの虚勢を張っています。趣味である銃を構える姿は様になっているのですが、それだけです。そんなどうしようもない男ですが、大泉洋の演技と風貌によって、どこか愛らしく思えるんですね。恐らくそんなところに、てっこも惹かれ続けているのでしょう。


しかし、そんなてっこのZQN化によって英雄の日常も瞬く間に崩壊します。仕事仲間は全員ZQNになり、住む町は壊滅状態。彼自身にもZQNが襲い掛かってきますが、銃を使う度胸どころか、暴力を振るって撃退する度胸もありません。しかし彼は、何の得もない中で比呂美を助けました。そんな事をする人物は、「アイアムアヒーロー」の中で彼だけです。


彼は、どこまでも「普通」です。世界がひっくり返っても、法律を守り、力を振るうことに恐怖を感じ、人が傷つく姿に心を痛め、他人を思いやって行動することが出来る、弱々しく情けない男。そんな「普通」な英雄だからこそ、「君を守る!」と言われた比呂美は安心を感じ、ヤブこと長澤まさみは希望を見出したんですね。


「普通だからこそ希望」である英雄でしたが、彼が「暴力」を振るえないせいで様々な事態が起こっていきます。ヤブは暴力を振るわない彼を「人として正しい」と励ましますが、英雄は自分自身の情けなさに絶望し、瀕死の比呂美をショッピングモールから助け出そうというヤブの申し出を断ってしまいます。


その後行われた食糧調達作戦において、調達部隊は伊浦の策略(「ゾンビ」を観た人は絶対にんまりしたはず)で危機に陥り、英雄はロッカーの中に隠れてしまいます。比呂美とヤブも高跳びZQNの屋上襲来によって、絶対絶命になっていました。英雄はトランシーバーを通してヤブの助けを求める声を聞きますが、外にいるZQNを恐れ行動出来ません…。「助けたい!でも怖い…でも助けたい!でも怖い…」を何度も繰り返すも行動できない英雄でしたが、ヤブの叫びを聞いて決心。遂にロッカーを飛び出して「助けます」と通信し、自ら銃を持ってZQNと戦い出します!


この場面が感動的なのは、世界の崩壊による変化ではなく、あくまでも英雄自身の意思と決断によって、人を助けるために行動したということにあります。エゴを炸裂させまくる奴らとも、全く変わらずにいる奴らとも異なり「普通の人間として成長を遂げた」英雄は、その声だけでヤブに希望を持たせ、行動を引き起こすことが出来ました。そして英雄は「暴力」を振るって戦い抜き、比呂美とヤブを守り抜くことに成功します。


壮絶な戦闘を終えた後生還した英雄に、生気は全くありませんでした。ZQNといえど人を傷つけたことを後悔していたのか、はたまたあまりの出来事に我を失っていたのか…。ヤブや比呂美にとってのヒーローになったにも関わらず、どこまでも「普通」な男で、魅力的な男です。そしてヤブの「名前は?」という質問に対し「鈴木英雄、ただの英雄です」と答え、タイトル。映画は終わります。彼は最後に、自分自身を認められるようになったのですね。アイアムア英雄。


「アイアムアヒーロー」は、ZQN出現という状況を通して人間のエゴを映し出すゾンビ映画の様式の中で、普通であり続けられる人間の姿と成長を描いていました。物語としては全くの途中ですが、ゾンビ映画の手法を逆手に取り、希望溢れる成長作劇として描き切ったことには素直に「ありがとうございます!」と言いたいです。似た方法論で作られた作品に「ショーン・オブ・ザ・デッド」があるので、見比べてみると面白いと思いますよ!




■超個人的な感想

面白いと思った点

①台詞少な目なのに、分かるし面白い

②日本の日常を感じさせる工夫の数々

③あるものはなんでも使う


①台詞少な目なのに、分かるし面白い

今作では、台詞がかなり少な目です。いわゆる「演説」的なシーンは皆無で、説明的な台詞は「説明をする場面」のみで行われるので、全くストレスが無いんですね。演出と演技だけで物語られる部分が多いのですが、少し考えて「あぁ…そういうことか…」となる位のレベルなので、あまり複雑になりすぎず、分かりやすく楽しむことが出来ます。秀逸なのは、やはり伊浦関連ですね。ゲスの極みであることが台詞無しで徐々に分かる過程には、恐ろしさよりも怒りがこみ上げてきます。


②日本の日常を感じさせる工夫の数々

あぁ…ここは紛れもなく日本だ…しかもちょっとゆったりとした空気の流れる日本だ…と感じられる工夫が盛りだくさんでした。生活感たっぷりのボロアパート、道路標識を目立つように映す、緑7都市3位の割合に映る高速道路シーン、練馬ナンバーの車、ゴミが捨てられまくっている富士の樹海、どんべぇ…あぁ…日本だ…。

満員電車に乗っていると勘違いするZQN、スケジュールに拘るZQN、自分の成績と客へのおべっかに拘るZQNなど、ゾンビ側の個性も日本的でしたね。


③あるものはなんでも使う

ゾンビだとかどうとかに関わらず、ショッピングモールが舞台のアクション映画に大きな期待をしてしまうのは、私だけではないはず。伊浦率いるニート軍団の装備や屋上での生活風景など、ワクワクするDIY精神に溢れるサバイバル描写があることも魅力的でした。着てる服が若干オシャレなのは、あそこの服を奪っているからなんでしょうね。



残念だった点

①森のシーンのテンポの悪さ

②ヤブの掘り下げ不足

③有村架純の使い方


①森のシーンのテンポの悪さ

ここまでがかなり良いテンポだったこともあり、ZQNもあまり出ず危機も起きない森パートは、正直飽きてしまいました。比呂美がZQN化して以降は表情も全く変わらないため、有村架純の魅力も堪能することがあまり出来なかったんですよねぇ…。比呂美の特殊なZQN化も全く掘り下げられないので、もっともっと比呂美として演じて欲しかったなと…。


②ヤブの掘り下げ不足

ヤブがどういう人物でどういう経緯で伊浦のレジスタンスにいるのか、何故看護婦になったのか等があまり掘り下げられず、長澤まさみ力で引っ張った部分は否めないと思います。

良くも悪くもテンプレ的と言うか、この人物はこうだからこういうことをするだろう、という予想をあまり裏切ってくれないんですね。英雄に焦点を当てているからだとは思いますが、もっと描いて欲しかったです。

配信等でやるのかもしれませんが、映画でやってほしいんですよね…。


③有村架純の使い方

有村架純は黙ったままでいるお人形さんじゃないぞ!終盤があまりにもあんまりだよ…。



とにかく面白い!グロいのが大丈夫な人には是非観てもらいたい傑作です。これを機に他のゾンビ映画にも興味を持ってくれる人が増えると嬉しいですね。

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