映画感想:ちはやふる -上の句- ~ザ・青春~

ワクワクもんですね。

光光太郎です。


今回は「青春映画」であり「邦画テンプレ映画」であった


ちはやふる -上の句-


のネタバレ感想を書いていきたいと思います。状況を描く上の句、概念を描く下の句…上下一気見したんですけど、4時間が一瞬でしたよ…!

■あらすじと解説

競技かるたに打ち込む高校生たちの青春を描き、コミックス既刊29巻で累計発行部数1400万部を突破する末次由紀による大人気コミック「ちはやふる」を、広瀬すず主演で実写映画化した2部作の前編。主人公・千早を演じる広瀬のほか、野村周平、真剣佑らフレッシュな若手俳優が共演。監督を「カノジョは嘘を愛しすぎてる」の小泉徳宏が務めた。幼なじみの綾瀬千早、真島太一、綿谷新の3人は、新に教わった「競技かるた」でいつも一緒に遊んでいた。新の競技かるたにかける情熱に、千早は夢を持つことの大切さを教わるが、そんな矢先に新は家の事情で遠くへ引っ越してしまう。高校生になった千早は、新に会いたい一心で「競技かるた部」創設を決意し、高校で再会した太一とともに部員集めに奔走。なんとか5人の部員を集めて競技かるた部を立ち上げた千早は、全国大会を目指して練習に励む。(映画.comより引用)


■関連ツイート


■感想

まず一言いいたいのは「まだ観てないなら直ぐに観た方がいい」ということです。私もかなり時間が経ってから見てしまったのですが、これは誰が観ても面白いと感じられる様に作られた、邦画の大傑作だったんです。「邦画だから…」「漫画実写化だから…」「なんだかありきたりな予告だったし…」と思っている人ほど、観て欲しい!それらの様な、映画ファンとしてはマイナスに捉えてしまう要素が入っていながら、それら全てが真っ当に面白くなっているんですよ!


「ちはやふる 上の句」(以降上の句)を映画として魅力的にしている大きな要素は、

①青春溢れるチーム

②邦画のテンプレを面白く魅せている

の2つです。



①青春溢れるチーム

「青春」…誰もが憧れ、そして現実との差異に挫折し、いつしか憎悪の対象にすらなっている感のある言葉、青春…。しかもチーム…青春チーム…。

「上の句」は正に、青春という言葉がぴったりな作品でした。そもそも話の要素からして「超突猛進主人公」「恋愛が絡んでいる3人の幼馴染」「高校で新しい部活を作る為に奔走」「目指せ大会優勝!」という、もう見飽きたわ!と言いたくなるような「青春チーム物語」です。そんな爽やかで熱い青春なんか乗れるか‼といつもはなってしまう私ですが、それらが全て飲み込めて、熱くなれる、共感できるよう作られていたんですね。


何故そんなに「青春溢れるチーム」を肯定できるのかと言うと、物凄く丁寧に、観客の頭に「?」がつくことの無い様に作られているからなんです。大まかに要素をあげると、

一.物語の軸となる人物はバックボーン付きで、行動原理を分かりやすく描く

二.その他の登場人物は「強み」と「弱みやコンプレックス」を強調し、好ましくみせる

三.個性が混ざり合って起こるチームアンサンブルと、それにより成長する描写を明確に入れる

四.物語の軸で「勝敗」を重要視せず「登場人物達の気持ち」に焦点を当てる

の4つです。


一.物語の軸となる人物は、バックボーン付きで描く

「ちはやふる」上の句下の句を通して軸となる人物である「千早」「太一」「新」の3人は、「上の句」冒頭でバックボーンがじっくりと描かれています。これによって、物語を強烈に引っ張っていく千早の行動に「明確な理由」が確保されますし、そのバックボーンが非常に理解しやすい内容な為、彼ら3人と観客の距離がグッと近くなるんですね。


特に新は「上の句」では殆ど出番がないにも関わらず、千早や太一にとって大切な人物の為、彼を短い時間で魅力的に映さないと全く映画に乗れなくなってしまうんです。しかし、演じる真剣佑さんの「安心を感じざるを得ない」方言演技や子役の屈託のない可愛さなども相まって、非常に短い登場時間ながらバッチリ物語の重要人物となり得ていました。


また、物語の始まりを「かるたから離れていた」受け身な太一の視点にすることで、客観的な視点から物語を見ることが出来るようになっていました。そして千早の現在の姿とかるたへの変わらぬ情熱、自分が離れていた頃の彼女を観客と太一が同時に知ることで、両者共にグイグイと、物語と千早に引き込まれていくんですね。演じる野村周平さんの「イケメンと言うよりはイイ顔」という表情と等身大な演技によっても、彼を応援したくなるんですよねぇ。


そして、前述した通り物語を動かしていく存在である千早は、冒頭ではかるたへの愛情と強さ、そして天真爛漫さが強調されていました。「上の句」を通して彼女自身の物語が掘り下げられることはあまり無いのですが、それでも観客の興味を惹き、物語にのめり込ませていたのは、他でもない広瀬すずさんの好演でしょう。凛としながらも元気いっぱいな佇まい、こちら(太一)を心配にさせる無防備かつ激しい動き、透明感と力強さを兼ね備えた表情、そして説得力溢れる競技かるたの描写…ずっと観ていたいと思わせる体当たり演技でした。それが冒頭から炸裂しまくるので、もうバックボーンが流れる前から「好き」になっちゃいますよ…!ワンチャン狙いの15歳男子に力の違いを叩きつけるシーンで惚れこまない人はいないでしょう。流石に尻のドアップが出た時は「え!?」って思ってしまいましたが(笑)。


千早、太一、新は物語の軸となるバックボーンが描かれるだけでなく、種類の違う工夫によって観客をのめり込ませる様になっていたんですね。絶対的魅力に溢れる千早=広瀬すず、観客と同じ視点の太一、方言新と、彼ら3人を冒頭の短い時間で魅力的に描けている段階で「上の句」はかなり面白いのですが、ここで止まらないのが今作。


二.その他の登場人物は「強み」と「弱みやコンプレックス」を強調し、好ましくみせる

「上の句」の冒頭は「瑞沢高校競技かるた部の部員集め」で進みます。千早と太一に加え、肉まん君と奏ちゃん、机君が続々と入部していくのですが、ここが無類の面白さなんですね。


肉まん君こと西田は、一言で言えば「ムードメーカー」。最初はモブかな?と思わせるような扱いでしたが、勢いのある(うざい)コミュニケーションと情報収集力、確かなかるたの実力によって、初期からチームに欠かせない存在になっていきます。千早とは異なる立ち位置で、グイグイ物語を引っ張っていくんですね。

そんな彼の弱みは、扱いが軽いことです。しかしこれは彼自身がコンプレックスにしていることではなく、作品自体が彼を重要な存在として描いていないので、観客が「可愛そう」と思えることなんですね。彼は小学校時代にかるたをしており、千早や太一や新とも面識がありました。ただそれを誰も覚えていないんですよ…。しかし、彼は覚えていた。千早達が幼いころの写真を見ると、ぼんやりと肉まんを食べている子が映っているのですが、それも全く回収されないんですよねぇ…。もしかしたら、彼が入部した理由は「千早に近づきたい」ではなく「千早や太一とかるたがしたい」だったのかもしれませんね。

実力あるムードメーカーであり、扱いは軽いが仲間とかるたを大切にする男、肉まん君。どんなにウザくて、少し無神経でも、憎めない。そんな彼の魅力は矢本悠馬さんの演技で文字通り体現されており、愛嬌が溢れていました。


日本の古典文化大好き少女である奏ちゃんは、ハッキリ言って「好きが暴走して語りだすオタク」そのものでした。もうこれだけで好きになっちゃうんですが、彼女の「好き」は本当に、心の底からの「好き」なんです。

百人一首や和服の意味を理解しようとする姿勢と、それに少しでも長く触れていたいと思う気持ちを持ち、日本の古典文化の素晴らしさを誰かに伝えたい欲求を秘めている…。そして「好き」を発信し共有できる場、共感してくれる仲間を見つけた彼女は、競技かるたと百人一首の違いに困惑しつつも、「好き」を原動力にして頑張ってゆきます。共感できる方、多いと思います…。

また、競技かるたのみに集中していた千早達、ひいては観客に「歌の意味を理解する」という視点を与えた彼女は、「古の人の思いが詰まった歌」である百人一首を題材にした「ちはやふる」という作品において、欠かせない存在なんですね。

演じる上白石萌音さんも、正にはまり役というか。知識を喋りまくるオタク、歴史と人に対して敬意を表す礼儀正しさ、そして15歳らしく(人の)恋に興味深々な様子などといった、かなりマンガチックなキャラクターに見事な佇まいと演技で命を吹き込み「人物」として説得力を持たせていました。オタクにとってはオタク仲間として、一般の方には妹的な存在として、非常に好ましく映ったことでしょう。


そして、未だかつてこれほど非青春側にシンクロした人物がいただろうかと思わせる、机君こと駒野。彼はいつも1人で机に噛り付き、勉強やキャリーケースいっぱいに詰めた時刻表を眺めるといったことをする人物でした。かるた部に入ってからも「しょうがなく入ったんだ。辞めたいときはすぐ辞める」と言い放ち、入部届と退部届を同時に出していました。そして自分の都合を最優先し、時間になったら即帰り、思考は常に合理的。

滅茶苦茶嫌なやつに見えかねないのですが、前述したキャリーケース周りの描写がギャグになっていますし、森永悠希さんの「孤高と言うより捻くれ者」なビジュアルと、いかにもな佇まいと演技によって、何とも憎めない存在になっているんですよね。

彼のコンプレックスは「自分の居場所の無さ」でした。勉強が出来たとしても、一緒に高め合い辛さや楽しさを共有できる仲間も場所も無く、得意の勉強でも成績は2番。一体自分は何なのか?分かり合える仲間なんていないんじゃないか?自分を必要としてくれる人はいないんだ…そんな諦めから他人を遠ざけ、深く人と関わることを避けていたんですね。しかし、机君こそ、誰よりも仲間を求めていた…。これはよく描かれるような「綺麗な青春」を送ってこれなかった大多数の人の視点そのものだと思うんですよ。程度の差はあれど、誰もが机君であったことがあったはずです。

反対に彼の強みは、何と言ってもその真面目さと分析力。常にメモを取り、事実をもとにしたデータを分析してメンバーの実力アップに貢献していました。常にメモを取る描写があるキャラクターって、無条件で好ましく思ってしまうのは私だけでしょうか(笑)。そして彼の物語的強みは、誰よりも等身大の気持ちを持っていることです。


因みに、千早の弱みは「周りが見えなくなること」であり、太一の弱みは「嫉妬心と諦め」です。この太一の弱みは結構マンガチックでありがち、一歩間違えればイライラさせかねないのですが、誰もが共感できるものになっているんですよね…。


千早、太一、肉まん君、奏ちゃん、机君…彼ら5人それぞれが強みと弱みを持ち、血の通った、共感できる人物として演出されていました。これによって「上の句」は、マンガチックな「綺麗な青春」という状況を描いていながら、誰の物語にもなり得る間口の広い作品になっているのだと思います。



三.個性が混ざり合って起こるチームアンサンブルと、それにより成長する描写を明確に入れる

5人がそろい、瑞沢高校競技かるた部が始動しだすと、この作品の面白さが加速度的に上昇していきます。彼らのやり取りに前述した個性が炸裂してる上に、不要な争い合いが全くないんですね。全員1年生だから、先輩と後輩の確執と言うものもない。部活が、皆で高め合っていくことが本当に楽しいんだなと。GWの合宿でちらし寿司を作るシーンや、お泊まり会の様な千早と奏ちゃんのやりとりが微笑ましくて…。


そんなやり取りの面白さもさることながら、彼らの強みが相互作用しあっていく様が抜群に面白い!正に化学反応が起こっているという感じなんです。かるたが好きで好きで堪らない千早へ奏ちゃんが和歌の意味や秘められた思いを伝えるというシーンがあることで、千早はよりかるたの面白さに惹かれていきますし、太一と肉まん君の「ライバルと言うより戦友」的な友人関係、机君の分析によって自分のクセを知っていく面々など、チームを通して個人個人がより強く、よりかるたの面白さにのめり込んでいく様は見ていて心地いい!強くなること、勝つための戦術を学ぶことも大切ですし物語としても面白い部分ですが、好きなことをより好きになりたい、好きなことを分かち合いたいという気持ちでチームが繋がるという描写は、とても新鮮でした。ある和歌を通して、チームだけでなく千早の新への思いも強まるというのも、奏ちゃんと机君がいたからこそでしたし。


そして、終盤。観た人の誰の心にも強く残るであろう名場面である「机君の爆発からの、一致団結」。ここに関しては素晴らしい解説をなさっている記事があるので、そちらをご参照ください。もう…もうね…。



机君が爆発する気持ち、痛い程よく分かるんですよ…。そっくりそのまま体育のバスケでやったことあるので…。でも、机君は実力不足とかを気にする必要は無かったんですよね。何故なら彼には、仲間たちと共に紡いできた確かな絆があるんですから。瑞沢高校競技かるた部には、彼を求める仲間たちがいる。一緒に戦おうと言ってくれた仲間がいる。彼の居場所がある。それを言葉ではなく、積み重ねられた伏線と「手」だけで描く。そして1つになるチーム。泣くわ!!!!


そして、机くん同様最終決戦で成長を果たしたのが太一です。太一は延々と、新に勝てない自分、卑怯な自分にコンプレックスを抱き、弱いことに理由を付けて諦めていた太一。でも、それじゃあダメだと。やり切るんだと。運がどうとかそういう話ではなく、自分の力で、自分の意思で、立ち向かって「ちは」を取るんだと。そして因縁の「運命戦」において、太一は「取るという気迫」そのもので勝利します。太一がここまで自分を顧みて立ち向かおうと思ったきっかけを作ったのは、奏ちゃんの激励を始めとしたチームの存在があってこそでしょう。物語を引っ張り続けた千早ではなく、物語に対して受け身であり苦しみつづけた太一の勝利で終わることが、「ちはやふる」という作品らしいなと思います。


瑞沢高校競技かるた部の誰一人が欠けたとしても、この物語は成立しなかったでしょう。千早がいて、太一がいて、肉まん君がいて、奏ちゃんがいて、机君がいる。この5人のチームだったからこそ、彼らは成長することができ、かるたを好きになることが出来たんですね。このチーム描写、1人1人の心の機敏に焦点を絞ることが出来たのは、あまり勝敗が重要視されていなかった作りのおかげでもあるでしょう。



四.物語の軸で「勝敗」を重要視せず「登場人物達の気持ち」に焦点を当てる

「上の句」では東京都大会優勝がクライマックスになっていますし目的でもありますが、全編通して勝敗を軸とはしていないと思うんですね。勝つことではなく、登場人物達が自分やチームに対してどう向き合うか?そこを問うているからこその、あの最終決戦であると。太一が負かした相手の演出を見ても明らかでしたが、勝った方が主役になるのではなく、青春を送ってきた者全員が主役なんだと。あくまでも登場人物達自身の物語として描いているバランスであり、勝敗で物語が終わらないからこそ、ここまで胸を打ち、誰の心にも深く残る作品になったのだと思います。


青春の素晴らしさ、熱さを素直に体験できる、最高の青春チーム物語であったと思います。そして古くから続いてきた百人一首というものを題材にしているからこそ、もしかしたら、こんな物語が古から続いてきたのかなと思わせてくれるようなことが、「下の句」に繋がっていくんですね。



さて①が大分長くなりましたが、続いて2番目の「上の句」の魅力的な部分について書いていきたいと思います。



②邦画のテンプレを面白く魅せている

邦画は面白くないと言われているのは、あまりにも陳腐になりすぎたテンプレに未だに乗っかっているからだというのは、多くの人が知るところでしょう。実は「ちはやふる」では、上の句下の句を通して観ると「邦画のテンプレ」だらけであることがよく分かります。ざっと挙げてみるだけでも、


・そもそも漫画の実写化

・スローモーションの多用

・廊下の激走

・花が舞うというマンガな演出

・主人公、幼馴染、ガリベン、ムードメーカー、オタクというテンプレなチーム

・独白が多い

・露骨な風景の挿入

・やたら嫌味で厨二な敵

・所構わず叫ぶ

・エモーショナル中心の作劇


と、思わず頭を抱えてしまう要素だらけなんですね。しかし、これらのテンプレは元々、何かしらの効果を狙った的確な演出方法であったはずなんです。それが、いい加減なやり方での粗製乱造が横行し、陳腐化してしまった…。

しかし「ちはやふる」の作り手たちは「邦画のテンプレはいい効果出すんだから、しっかり作って面白くしようぜ!」という気概に溢れているんじゃないかと思う位、このテンプレを非常に面白く、意味のある使い方をしているんですね。この「好きなものでやるんだよ」という姿勢そのものが「ちはやふる」的で素敵だなと思うんです。


その工夫を挙げていくと…

・そもそも漫画の実写化

→舐めずに真っ当な映画作りをしている。前後編であることも意味がある。


・スローモーションの多用

→競技かるたという「一瞬の勝負」を切り取るものでもあり、青春の輝きを切り取るものでもある。


・廊下の激走

→広瀬すずさんと上白石萌音さんの凄まじい激走で迫力が出ているからOKにしたい…。


・花が舞うというマンガな演出

→太一にとっても千早にとっても嬉しい再開であったことの演出になっているし、素直に美しいと思える映像になっていた。


・主人公、幼馴染、ガリベン、ムードメーカー、オタクというテンプレなチーム

→前述した通り。


・独白が多い

→これは太一のことなんだけど、序盤で少し気になった程度だから許して欲しい…。


・露骨な風景の挿入

→風景に思いをこめた和歌の表現でもあるし、小さな物語に思わせない効果もある。なにより、独特な間が出来ていることで物語に無用な焦りや切迫感が無くなっていて、気持ちを噛み締める余裕が出来ている。


・やたら嫌味で厨二な敵

→そんなことは無いんだ…!


・所構わず叫ぶ

→これは気になった。


・エモーショナル中心の作劇

→エモーショナルを見せることではなく、共感させるための工夫が盛りだくさんだったので問題なし。ありがとう!


と…本当にどうしても気になってしまったのが「所構わず叫ぶ」ですが、それ以外はほぼプラスの要素になっていて気になりませんでした。面白いテンプレは面白いんだなと再認識させられましたし、これは凄く勇気づけられることでもあると思うんですよ。陳腐と言われるようなことでも、考えて工夫すれば面白くなるし、元々それは面白いんだから…と。



「青春溢れるチーム」「邦画のテンプレを面白く魅せている」…これら2つの要素によって、「上の句」は誰もが青春の面白さ楽しさ素晴らしさに共感でき、素直に感動でき燃えられる作品になっていました。そんな作品が、洋邦含めてどれだけあることか…。間違いなく、今年度ベスト級の作品でしょう。



■超個人的な感想

面白かった点

①日本画風アニメ-ションのカッコよさ

②高校の描き方

③自然風景


①日本画風アニメ-ションの美しさ

色合い、動き、形…全てが美しい。日本画風であるのに全く古びることなく、古の歌人の情熱が伝わってきますし、タイトルの活き活きとした動きは若さそのもの。メリハリの効いたアニメーションは競技かるたを表しているようでもありますし、ずっと眺めていたい映像でした。こういった表現はかなりフレッシュなんじゃないでしょうか?


②高校の描き方

最初に元気のいいデブを出す時点で、この高校は綺麗ごとだけではない場所なんだと分かりました。ただ、デブと可愛い子が仲良く楽しく踊る場所でもあるんだよと。

そして「好き」を中心にして集まったであろう部活動の様子などが映し出され、ウェイウェイしたやつらやワンチャン軍団なども登場し、高校生たちの若さが良くも悪くも炸裂した場所として描かれていたのは好印象でした。

しかし最初に出てくるデブなJK、イイ表情と動きしてましたねぇ…。殆ど映ってないのにずっと印象に残ってましたよ。


③自然風景

瑞沢高校は東京の学校という設定でしたが、緑に囲まれた景色という牧歌的な雰囲気がありました。他にも福井での田舎描写や時折挟まれる自然風景の情景は素晴らしいの一言。演出としては少々露骨かなと思いましたが、前述した通り百人一首という題材にマッチしたものでもあったので、この作品には必要なものだったと思います。市民センターや合宿所、部室なども自然とは異なりますが、こう、イイ場所でしたよね。


残念だった点

①少し画面が荒い

②髪を上げる場所

③叫ばないでくれ


①少し画面が荒い

彩度を高めにしているのか映像効果をかけているのか分かりませんが、少し画面に荒い粒子があったんですよね。かなり前の方で観たから気になったんだと思うのですが、鑑賞中かなりノイズになっていました。


②髪を上げる場所

劇中で千早が必殺技の様に「髪をかき上げる」描写があるのですが、読み手の方の耳にかかっている髪を上げた方がいいのでは…?


③叫ばないでくれ

休憩所や山頂で叫ぶのは迷惑だからやめましょう。叫ぶときは許可を取って!




とにかく「青春!」「面白い!」が詰まりに詰まった作品でした。日テレ主導の作品なので、今後テレビでも放映されることでしょう。半年に1回はやってほしいですねぇ…。


予告


PV


上の句ダイジェスト

俺の話は俺がする

映画からプリキュアまで

映画感想記事トップ3

0コメント

  • 1000 / 1000